下帯物語
京都、花開院本家。 部屋で竜二が本家の蔵書を読んでいると、魔魅流が白い布を手に音もなく入って来た。 「神社の木の枝に、結んであった」 おみくじと一緒に。と、竜二に布を手渡した。 一見、柔らかい腰帯のように見えるそれは、墨で何かが書かれているものの、明らかに男の下帯である。 「複数の妖怪の痕跡がある」 竜二は下帯を検分し、帯の端に、赤い糸で丁寧に刺しゅうされた名前を見て、ニヤリと笑った。 「ちょうどいい。この本に書かれている呪法を試してやろう」 そういうと、本を置いて立ちあがり、手近なハンガーに下帯を引っかけ、壁に掛けた。 「呪殺の基本は、本人ではなく本人の持ち物――特に髪の毛や、体液がしみ込んだものに呪をかける。 これだけ妖怪の気配がする布だ。 オレの言言にお前の雷を加えれば、一度にたくさんの妖怪にダメージを与えられるぞ、魔魅流」 「…」 魔魅流はガラス玉のような目で無機質に竜二を見た。 あの奴良組三代目を殺るのかという無言の問に、竜二はフンと口元を歪めた。 「なあに、命まではとらないさ。 ただ、このふんどしの持ち主のナニは、使い物にならなくなるかもしれんがな。 妖怪の子孫なんぞ、増えないに越したことはないだろう? いくぞ、魔魅流」 ところが、竜二が言言を走らせ、魔魅流が手のひらから雷を迸らせた瞬間。 なぜか部屋の入口から吹き込んだ突風が下帯をさらい、部屋の外へと運んでいった。
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