下帯物語
四国。緑の深い山あいからせり出した小さな岬に立ち、きらきらと輝く太平洋を眺めていた玉章の足元に、白い塊が寄ってきてクゥーンと甘えるように鳴いた。 「どうした、犬」 どういうわけか玉章なついている子犬は、何かが書かれた白い布を咥えて、得意げに尻尾を振っていた。 手に取ってみると、それは下帯だった。 帯の端には赤い糸で「リクオ」と縫いとりがしてある。 下着として使われるはずのそれには、一面に文字が書かれていた。 「…フン、へぼ歌人だな」 和歌を読んで、玉章はせせら笑った。 「犬、ちょっとこれを咥えておけ」 「わん!」 玉章は犬に下帯の端を咥えさせると、布をぴんと張り、もう一方の端を下駄で踏みつけた。 それから赤い墨をつけた筆を取りだし、残っている左手で、次のように訂正した。 『みちのくの旅の途中で我思う
いつか必ず 刑部狸玉章』 このままでは終わらない。終われるはずがない。 「これはあいつに送り返してやるさ」 あの男はこれを、宣戦布告と見なすだろうか。それもいい。 玉章は岬に並ぶ幹部たちの墓石をしばらくの間眺めて、それから背を向けた。
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