届いてほしい




「まったく、痴話喧嘩も大概にしてほしいもんですな」

肌を刺すようなとげとげしい空気の中、一つ目だけは誰をはばかることもなく、堂々と嫌味を言った。

真夏の熱帯夜でも、本家は雪女がいるせいか比較的涼しい。

だが、今夜総会に集まった幹部たちは、寒気を覚えるほどの冷たく重い空気に、皆一様に口を閉ざしていた。

今夜は特に重大な議題があるわけではない。ないだけに余計に気まずかった。

大広間いっぱいに満ちる、ぴりぴりと殺気立った畏。それを発している三代目が、

とても個人的なことで怒っているということは、

手足や胸元にいくつも残る、赤い円形のうっ血の痕と、三代目のすぐ近くに座る鴆の頬に残る赤い手形から、

容易に察しがついた。

リクオの声は平静を保っていたが、目はきりきりと吊り上っている。

部屋中に満ちる殺気は明らかに鴆に向かっていた。

鴆はちらちらとリクオを窺っているが、リクオは一度も鴆の方に顔を向けようともしない。

いたたまれない気分を味わいながら、大した議題がないなら早く終わってくれと、そこにいる幹部の誰もがそう思った。

彼らの願いどおり、総会は早々に終わり、宴会が始まってすぐにリクオが姿を消すと、

幹部たちは皆ほっと胸をなで下ろした。





鴆はリクオを追って、にぎわいを取り戻した大広間を後にした。

「リクオ!」

リクオは葉が生い茂った枝垂桜の木の上にいた。

顔を向こうに向けて、鴆の方を見ようともしない。

あの夜、鴆に痛烈な平手打ちを与えたリクオは、何も言わずに長着を引っかけて帰ってしまった。

それから電話しても訪ねて行っても出てはくれず。当然薬鴆堂に来ることもなかった。

だから、今日は何が何でも話をしようと、総会に来たのだ。

「この前はすまなかった。あんたが悦ぶところを見たくてつい」

バキッと枝が折れる音がした。リクオは折った木の枝を、拳が白くなるほど握りしめている。

「リクオ」

「てめーは…オレが他の誰かに辱められても、平気なのかよ」

感情を押し殺した、低い声。それでも数日ぶりに、口をきいてもらえた。

「んなわけねーだろっ…」

「あんなもんにオレを襲わせておいて、てめー、笑ってたじゃねえか」

声が怒りに震えている。その時のことを思いだしたのか、優美な白い手は己を抱きしめるように腕を掴んでいた。

「襲わせてって、あれはただの小道具だろ。張り型みてーなもんじゃねえか。あんただって気持ちよさそうに…おい」

背けた顔がぽろぽろと涙をこぼしているのを見て、鴆はぎょっとした。

「オレは嫌だった」

自分の腕をぎゅっと掴んで、リクオは訴えた。

「リクオ」

木の下で鴆はうろたえ、それでも気丈なリクオが涙をこぼしているのを黙って見ていられず、

リクオが座っている太い木の枝に飛び移った。

抱き寄せると腕の中の身体は抗ったが、抱く腕に力をこめると、おとなしくなった。

「お前以外のものを入れられて、感じるのがすげー嫌だった」

鴆の胸に顔を埋めながら、リクオは訴える。

その声は、いやだと思いながらも感じてしまった己への嫌悪に震えていた。

「悪かった、リクオ」

背中を震わせて泣くリクオを落ち着かせようと、頭を撫で続けた。

震えがおさまるのを待って、涙で濡れた顔を上げさせ、口づけた。

口づけはしょっぱい味がした。

「もう二度とあんなことしねえから。ごめんな?」

リクオはそっと目を伏せる。だがそれは拒絶ではなく。

「今でも身体じゅうにあれの感触が残っていて、すげー気持ち悪い…だから…」



消え入りそうな声で、望みを口にするリクオに、鴆はもう一度、今度は深く長い口づけをした



鴆誕前なのに誕生日が終わっていてすみません;



  



裏越前屋