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――お兄ちゃん!

幼い声が高耶を呼ぶ。懐かしい玄関先で高耶を呼び止めるのは、
幼年学校の制服を着た美弥だ。

――約束覚えてる?今日ハロウィンだよ。
――ああわかってる。けど友達はいいのか?
――お兄ちゃんと一緒に行きたいの!だってみんなに自慢できるもの。
お父さん達もお兄ちゃんといっしょなら安心だって。

 

 

幸福な家庭の記憶。あの時はそれがずっと続いていくのだと信じて疑わなかった。
学校で何かとつっかかってくる奴らとか、なぜか高耶を目の敵にしている教師とか
いつまでたっても兄離れしない美弥のこととか、心配事や厄介事は絶えなかったが、
それらすべてを奪われる日が来るとは想像もしていなかった。

(帰リタイ)

無造作に過ごしていた、あの日々へ。
他人の血で汚れた身体を忘れて家族を想えるのは、何もない砂漠の中だけだ。
世界で最も清潔で、最も死に近いこの場所だけが、高耶に幻影を見せてくれる。

 

 


髪を梳く感触が、心地よかった。
額にかかる髪の毛を、繰り返しゆっくりとかきあげる。
大きく手暖かい手だ。安心する。
「父さ…ん――」

 

 

 

 

 

香の匂いに目を開けると、薄暗い明かりにベッドの天蓋が浮かび上がっていた。
金でできたその細工をしばらくぼんやりと眺めながら、ここはどこかと考えた。

「私の城ですよ」

高耶の考えを読んだように返事が返ってきた。左腕に鈍い痛みを感じながら、
高耶は声のした方向に首を巡らせた。
ベッドサイドに置かれたランプに照らし出されている男の顔を認識した瞬間、
高耶は飛び起きた。

「ッ…!」

身体を起こそうとした瞬間、左腕に激痛が走った。目の前が一瞬真っ暗になり、
天地が回るような感覚に襲われて、再びベッドに沈みこむ。

「4針縫いました。2週間は使えません。輸血もしましたがまだ動けないはずです。」
「・・・何のつもりだ・・・」

地を這う声で高耶が尋ねた。任務とは関係なく殺してやりたい人間が目の前にいる。
この男に助けられるくらいならあのまま死んだ方が何倍もマシだった。

「別にあなたを助けたわけではありませんよ」

直江は冷徹な表情で言い放った。

「あなたにひっかきまわされたおかげでこの国は滅茶苦茶だ。王子の母親たちは
こぞってライバルを殺そうとするでしょうし、軍を押さえる者もいなくなった。南の部族は
暴れ出すし、ちょっとでも気に入らないことがあれば暴動を起こすのは我が国民の
得意技だ。一体誰が責任をとるべきだとおもいますか? 」
「・・・」


だが高耶は任務を遂行しただけだ。実際高耶が殺した「王子」はアリだけだ。そもそも
それをイギリスに依頼したのはアブドゥルなのだから、高耶が責任を問われる謂れは
ない。
直江は微かに口端を吊り上げて、先ほどから手にしていたそれを掲げて見せた。
銀色のベレッタ。高耶の銃だった。

「アブドゥルはこの銃で殺されたんですよ。弾を調べればすぐ分かる。それでなくとも
あなたは国王殺しの犯人としてイギリスに報告されているはず。いくら殺人許可証を
持っているからと言って、勝手に依頼人と、あまつさえ他国の国王を惨殺したあなたを、
組織はどう扱うでしょうねぇ」
「貴様・・・」

ぎりぎりと凄まじい殺気をこめて睨み上げてくる漆黒の瞳を勝者の余裕で受けとめ
ながら、直江は長い指で高耶の顎をとらえた。
嫌がって振り払おうとするが、一見軽く掴んでいるように見える指はどういうわけか
外れない。

「取引をしませんか」

高耶の動きが止まった。直江の真意がわからず、探るようにじっと相手を見つめた。

「私がウバールの当面の代表者として、事の次第をイギリス政府に説明してもいい。
この国を属国にするつもりはないが、イギリスの支援は欲しい。アブドゥルなどより
私の方が有利な取引相手だということを証明してみせますよ 」
「・・・それで、オレにどうしろというんだ」

警戒をこめて、高耶がたずねる。直江の微笑が深くなった。

「ここにいてもらいます」
「な・・・っ!」
「私専属の性奴隷として腰を振るんですよ。何、飽きたら自由にしてあげます。
私の乳兄弟や部下達を殺した罪を思えば、安い代償でしょう? 」

あまりのことに、咄嗟に言葉も出なかった。だが言われたことを反芻するうちに
急激に怒りがこみ上げてきた。
腕の痛みも忘れて起き上がる。

「ふざけんっ――!」

だが起こした身体はあっけなくベッドに押し付けられた。怒鳴ろうとした言葉も
覆い被さってきた唇に塞がれる。
暴れる身体をやすやすと押さえつけ、長衣の裾をめくりながら、直江はことさら
怒りを煽り立てる言葉を吹き込んだ。

「飽きて捨てるまでにうんといやらしい身体に仕込んであげる…俺を見ただけで
アソコを広げておねだりするくらいにね。足の先まで俺のしろいのを注ぎこんで
あげますよ… 」

 


 <アサシン部屋(えろですよ)
最終話へ>      


果たしてこれを取引というのか・・・(汗)少なくとも交渉には違いないか(爆)
というわけで、「交渉」の続きをご覧になりたい方は次へ…v