ハロウィン

 

 

10月31日。ケルト人の収穫祭の前夜であったこの日には、霊界の門が開き、先祖の霊が子孫に会いにくると信じられている。
親たちは子供を霊界に連れて行かれないようにお化けの格好をさせた。
「トリック・オア・トリート」は、11月1日の「死者の日」に、キリスト教徒が干しぶどう入りのパンを乞いながら、村々を練り歩いたところからきている。

「・・・っていっても、進さんハロウィンとか興味なさそうだよね」

夕食を食べた後、ぽてぽてと夜道を歩くセナの手には、ほのかにオレンジの光を放つ、小さなジャック・オ・ランタンが先端についたスティック。
練習の後、久々に部室に遊びに来たまもりが、「今日はハロウィンだから」と、それにちなんだお菓子をいろいろもって来てくれた。
「やー!かわいい!」と、いちばん喜んでいたのは鈴音だけど、練習後の食べ物の差し入れとあって、皆喜んで手を出していた。
セナがもらったスティックも、中にはラムネが詰まっている。

(いつも遅くまで練習している進さんだけど、この時間なら帰っているよね)

進が大学生になって一人暮らしをはじめてから、週末にセナが泊まりにいくのは半ば習慣になっているけれど。
今日はハロウィンだから、不意打ちで会いに行って驚かせてみようとおもった。
・・・いや、ハロウィンというのはただの口実で、本当はただ会いたいだけなんだけど。
連絡しないで会いに行くのは初めてだ。いきなり行って大丈夫だろうか。
・・・というか、本当に部屋にいるんだろうか。

不安になってきたところで、進のマンションまで来てしまった。
とりあえず、明かりはついている、とどきどきしながらピンポンを押す。
しばらくしてガチャリ、とドアが開き。ドアノブに手をかけたまま、わずかに驚いた顔をした進の前で、セナは言うべき言葉をさがして口をぱくぱくさせた。

(えーっとえーっと、まもり姉ちゃんがいっていた呪文、なんだっけ?)

思い出せないまま、かぼちゃのスティックを進に突き出し、言った。

「ディスイズアペン?」

二人は玄関先で見つめあったまま、たっぷり5秒が経過した。
沈黙にセナがいたたまれなくなったとき、

「とりあえず入れ」

と進に促されたのだった。

 

 

「夕食は食べたのか」
「あ、はい」

テーブルの上にはホットココアとクッキー。どちらもセナのためにこの部屋に常備されているものだ。
リビングにおかれたソファーで、セナは進の脚の間にちょこりと座り、先週セナがこの部屋で録画予約しておいた、NFLの録画を一緒に見ている。
進の胸にあずけた背中と、太い腕がまわされた腰やお腹が温かい・・・ってそうじゃない。
つい、いつもの週末のくつろぎのポーズをとってしまったが、今日は思いっきり平日だ。

(僕、何しにきたんだっけ?)

進に会いに来た。ならばこの体勢は間違っていないはず・・・いやいや。ハロウィンだから来たのだ。でもそれは口実で・・・口実だけど・・・口実の時・・・あれ?

「どうかしたのか」

突然腕の中で落ち着きをなくしたセナに、進が声をかけた。セナは慌てた。

「いえあのっ・・・今日は突然きてしまってすみませんっ」

いまさらながら、連絡せずに押しかけたことを謝れば、進はなんだそんなことかという顔をした。
大きな手がセナの細腰をとらえ、軽々と反転させる。向かい合わせになったセナの顔に両手を添えて、軽く仰のかせた。

「俺はいつでもお前に会いたいと思っている。今夜も思いがけずお前に会えてうれしい」

セナの大好きな男らしい顔が、やさしい瞳でセナをみつめている。その顔がゆっくりと近づいてきて、セナはうっとりと目を閉じた。
硬い筋肉のついた進の膝の上。背中や腰を支える大きな手も、触れ合う唇も、どこもかしこも暖かくて気持ちいい――

我に返ったのは、思う存分お互いの唇をむさぼりあった後だった。

(だから今日は平日だってば!)

もう部活は引退しているから朝練の参加は任意だが、学校はある。このままうっかり流されるわけにはいかない。

「あ、あのっ、今日は僕これで帰りま――」

慌てて膝から降りようとするセナの腕を、大きな手ががしりとつかんだ。

「今夜はハロウィンだから来たのだろう」

進の口から出た思いがけない言葉に、セナは動きを止めた。

「?あ、はい」
「ならば『トリック』か『トリート』か、どちらかを達成してから帰らなければ、来た意味がないだろう」

『トリック』か『トリート』か??えーと、確か、まもり姉ちゃんがいっていた呪文??
達成っていわれても、何をすればいいのかわからない。
顔中ハテナマークを浮かべているセナに、進はあくまで生真面目な顔で選択を迫る。

「・・・あの、それって僕が選ぶんですか?」
「俺が選んでいいのか?」

う、とセナは答えにつまった。なんだかわからないけど、嫌な予感がする。
たとえどちらを選んだとしても、とてもろくでもないことになりそうな。

セナは答えを待っている進の顔をしばらくさぐるようにじっと見つめ、そして言った。

 

 

「ええっと、トリックで」

「それじゃあ、トリートで」

「あのう、やっぱり帰ります」

 

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